喜怒哀楽、改め「喜喜楽楽」。

マーケティンググループ/グループマネージャー 松倉 翔吾
喜怒哀楽、改め「喜喜楽楽」。

陽キャど真ん中のこども時代

circus株式会社マーケティンググループのグループマネージャー、松倉翔吾です。
社内では「しょうごさん」と呼ばれています。

最近は採用面接を任されることが増え、人事からは「しょうごさんみたいな明るい人を採用したい」と言われるようになりました。

ロールモデルの一つになれたのは光栄ですし、これが僕の「ブランド」かと思うと、こっぱずかしさもありますが、誇りに思います。

そんな僕の話を少しだけしたいと思います。

大阪の羽曳野出身です。
周りは畑だらけの田舎で、父(墓石屋)、母(専業主婦)、そして妹の四人家族の元で生まれ育ちました。

家族はとても仲が良いですね。なんでも話します。
特に父親とは親しくて、ことあるごとに腹を割って話します。仕事の話もよくするので、親友のような人生の先輩のような存在です。

幼少期は、畑の端に転がる腐ったトマトを投げ合ったり、ザリガニを釣ったり、最高の泥団子を作ったり。
いつも泥だらけのわんぱく小僧で、足が速くて声が大きいので気が付くといつも人の輪の中心にいました。

小学高学年になると父の仕事の都合で横浜に引っ越しましたが、新しい環境にもすぐに慣れ、新しい友達を作ることに困りませんでした。
中学と高校時代はサッカー部に所属し、応援団長を務め、リレーの選手になるといった陽キャのテンプレのような青春時代でした。
人間関係で苦労した記憶はほとんどないですね。きっとオープンマインドな家庭で育ててくれた両親のおかげだと思います。

circusとのきっかけは実は高校生の頃。
代表の矢部とは高校の卒業パーティーで出会いました。
お互い違うタイプのパーソナリティですが、妙にウマが合い、すぐに意気投合しました。

今はビジネスの場で一緒ですが、それぞれの長所でお互いの短所を補うような、親友兼戦友のような関係性はあの頃のままです。

ファーストキャリアは新卒一期生

「若いうちに一番厳しい環境に行っておけ」という父親の教えもあり、新卒で選んだのは創業3年目、従業員数6名のITコンサルティング会社。
新卒一期生でした。

会社は、それまでは既存の販路のみを扱っていましたが、僕が入社した時は新規も開拓していくという新しいフェーズに入っていました。
僕は初の営業職採用ということで、社長のカバン持ちのような形で一日中社長に同行し、営業のイロハと経営者目線を徹底的に叩き込んでもらいました。

社長の一番側で、ビジネスマンとしての心得や営業技術をしっかり学べたのですごく成長できたんですが、知り合いの会社からイタリアアパレルブランドを日本で初上陸させるからそこの責任者を任せたいという話をいただき、退職しました。

結局、そのアパレル事業は一年も立たないうちに色々な大人の事情でボツになったんですが笑

仕方ないからまた就職活動をして、次に入社したのは大手上場の求人サイト運営会社です。
そこでは業界最大手の外食チェーン様を担当しました。

外食産業はアルバイトを適切に配置し、シフトをスムーズに管理することが店舗運営の生命線で、アルバイトが一人辞めるだけで現場は大混乱に陥ります。

各店舗の人材ニーズは店長からエリアマネージャーへと報告され、さらにそれが本部の人事部門に伝えられます。そしてようやく、人事部門が僕たちのような求人会社に発注をかけるという流れになります。

僕は、そこのフローをひっくり返せばいいんじゃない?と思いました。

現場と僕を直で結ぶルートに変えちゃえばニーズの取りこぼしがないし、タイムラグや現場のギャップもなくなる。
もちろん、大企業のフローを変更するのはすごく大変でしたが、営業、システムやマーケティング、管理、あらゆる部門を巻き込んで総力戦で成し遂げました。

そしたらびっくりするぐらい売上が上がりました。
気が付いたら今までの会社ギネス二倍以上の売上を作っていました。

今まで「愛嬌と運」だけで生きてきた自分が初めて「ロジックと戦略」で勝ち筋をつかみ、ビジネスマンとして一皮剥けた瞬間でした。

大企業からスタートアップへの挑戦

トッププレイヤーとして順調に過ごしていましたが、しばらくして矢部からcircusにこないか、と誘われました。

矢部のコミット力を知っているだけに、友達ノリで気軽に行く、ということはできませんでした。
また、現職でのキャリアビジョンも見えて充実していましたし、大手上場企業から名もなきcircusに飛び込むことに対しリスクを感じていたのも事実です。

一年間口説かれ続けました。
「今回駄目だったら本当に諦める」と言われた最後のオファー。
回答期日の前日まで悩みました。 

不安はある。
でも、人材ビジネスに身を置いているからこそわかる、circusのプロダクト構想の秀逸さ。仲間たちとゼロから組織を作っていくことへのワクワク感。

この感情をなかったことにしてこれから先の人生を過ごすことはどうしてもできない。
circusを知る以前の自分にはもう戻れないと気付き、入社を決意しました。

2019年7月、採用企業と転職エージェントをつなぐ求人プラットフォーム「circusAGENT」における、転職エージェント向けの営業責任者としてスタートしました。

意気揚々とスタートしたのも束の間、突然コロナ禍が襲い掛かってきます。

企業の採用がストップし求人数は半減。たちまち転職エージェントからの解約が続出し、営業活動が暗礁に乗り上げました。

それでも、しばらくすると予想外の展開が起こり始めたのです。

営業活動をできないのは転職エージェントも一緒です。
求人獲得営業ができない転職エージェント同士が、互いの求人を利用できるcircusAGENTに価値を見出し、逆にニーズが急増したのです。

結果、コロナ禍が追い風となり会社成長を加速させました。
2022年6月、次なるステップとしてマーケティング部の立ち上げを任され、現在に至っています。

人生、笑ったもん勝ち

とはいえスタートアップの立ち上げ&コロナ禍中は、少しでも気を抜くとキャッシュショートしそうなギリギリな日々の連続だったので、キャッシュを作るために出来る事はなんでもやりましたよ。

当時、世の中のほとんどのビジネスがストップしてたと思いますが、体温計なら売れそうだったので体温計を売る別事業を作って店舗や温泉施設にひたすら売り歩いていたこともあります。

「人材業界の会社なのに体温計を売って歩いていた」というと最近入ったメンバーは大笑いします。

でも、それでいいと思うんです。

苦労すればするほど、振り返った時「あの時は大変だったね~」と笑い話になる。
そうゆうことの繰り返しで組織は強くなるし、自分の人生も面白いものになるから。

人間、最後は幸せになるに決まっているんだから、その過程でBadがいくらあっても、楽しんだ者勝ちだと思うんですよね。

僕の人生、喜怒哀楽、改め「喜喜楽楽」。
笑う門には福来たる、だと思いますよ、本当に。